<FPコラム>老後のお金シリーズ~公的年金の繰上げ・繰下げ受給について(後編)
FPコラム老後のお金シリーズ、公的年金の繰上げ・繰下げ受給についての後編です。
それでは実際に繰下げ受給を選択されている方はどのくらいいるのでしょうか?
厚生労働省『年金制度基礎調査平成29年』によれば、年金受給している人の86.8%の人が繰上げも繰下げも受給しておらず、繰上げ受給した人は11.9%、繰下げ受給した人はたった1.3%という数字が出ています。
男女別でみると男性の90.4%、女性の84.2%が繰下げも繰上げもしておらず、繰上げ率は男性8.0%、女性14.8%で女性の方が繰上げ受給した人が多く、また、正社員だった人と自営業だった人で比べると自営業の方が繰上げ受給した人が多い結果が出ています。繰上げした理由でわかっている中では、「年金を繰り上げないと生活出来なかったため」と「減額されても、早く受給する方が得だと思ったため」が多くなっています。一方で繰下げは男性1.5%、女性1.1%で男性の方が多くなっています。
出所:厚生労働省『年金制度基礎調査平成29年』よりありがとう投信作成
また、厚生労働省年金局「厚生年金保険・国民年金 事業年年報」によれば、下図のように2013年度から2017年度の各年度末時点での70歳の受給権者の年金受給状況によれば、繰下げ受給の利用者は約1%程度で推移しています。また、国民年金の受給権者の繰上げ受給の割合は低下傾向にありますが、2017年度でも20%程度になっています。
出所:厚生労働省HP、2019年10月18日厚生労働省年金部局「繰下げ受給の柔軟化」より
以上のように、専門家の方が異口同音に繰下げ受給を勧めているのとは対照的に、現実には原則65歳から受給している人が9割弱で、メリットがほとんどないと言われる繰上げ受給をしている人が約1割、お得だと言われている繰下げ受給をしている人は1%台でほとんどいないのが現実です。
なぜこのような結果になっているのかですが、考えられる要因としては、まずはそもそも繰上げ・繰下げ受給制度自体を知らないという認知度の問題がまず考えられるでしょう。よく制度を知らなければ年金受給開始タイミングで送られてきた年金書類で受給手続きされる方がほとんどだと思われます。
また、2019年10月18日厚生労働省年金部局「繰下げ受給の柔軟化」資料によれば、繰下げ支給が選択されにくい要因として、①特別支給の老齢厚生年金と繰下げ、②加給年金・振替加算が支給されない、③在職支給停止相当分の年金については繰下げによる増額の対象とならない点がネックになっていて選択されないのではないかと分析されています。
①については、現在は厚生年金の支給開始年齢の引上げ途上であるため、厚生年金の被保険者期間を有する人は、65歳到達前に特別支給の老齢厚生年金の受給を開始します。このため、60代前半で既に年金収入を前提とした生活を形作ることとなり、65歳到達後に繰下げ受給のため、いったん年金受給をやめる選択をすることは現実的に難しいと考えられるとしていますが、こうした状況は厚生年金の支給開始年齢の65歳への引上げの完了(男性は2025年度、女性は2030年度)により消失するとされています。また、③については、制度改正での見直し検討がされている状況です。
その他に考えられる要因としては、そもそも現実問題として制度を知っていたとしても、老後2000万円問題が世間で大きく取り上げられたように、老後の生活設計の中で65歳から受給しないで繰下げ受給を選べるほど、老後資金が十分にあって余裕がある人は限られるのではないかという点です。
例えば、会社員として勤めていた人が60歳で定年退職して、65歳まで再雇用されて働いていた人の場合、65歳から年金を受給しなければ、老後生活費は貯蓄から取り崩さなければなりません。
大企業に勤めていた方で退職金と企業年金がもらえる人や65歳以降も働いて収入がある方なら65歳から公的年金を受給しなくても老後の生活設計上は問題ありませんが、大都市圏と地方での雇用事情の違いや健康や体力面の問題などもあり、働いて収入を得ることは簡単ではないかもしれません。
人手不足なので仕事を選ばなければたくさんあるという意見もありますが、身体の無理が効かない年齢では、どんな仕事でもいいわけでは当然なく、自分がやりたい仕事や経験を活かせる仕事でそこそこの収入を求めるとなるとなかなか見つからないのが現実ではないでしょうか。
仮に70歳まで繰下げるとして、高齢無職モデル世帯の一般的な生活費は月間約27.2万円なので、年間約330万円、5年間で約1650万円必要になります。
もし繰下げを選択して年金を受給しなければ、退職金や現役時代に貯蓄した老後資金を取り崩していかなければなりません。老後生活設計を考えた場合、貯蓄が十分にあれば別ですが、まとまったお金を老後の早い時期に取り崩してしまう計画は、その後のライフイベント(病気や介護等)への対応や万が一のとき備えとしてのお金の余裕がなくなってしまうのであまりおすすめできません。
それなら、繰下げによる増額はなくても、65歳から普通に年金を受給して年金受給額の範囲内で老後生活をやりくりしていくことの方が現実的な選択肢と言えるでしょう。
繰下げ受給は長生きリスクに備えた終身保険の意味合いで考えれば、できるだけ繰り下げた方がいいし、働けるうちは働いて収入を稼いだ方がいいのはその通りなのですが、現実的に実行できる人は限られているのかもしれません。
一方でメリットがほとんどないと言われている繰上げ受給を選んでいる人が1割以上いるのも、年金受給をしなければ生活出来ないという現実的な理由から選択されている方も少なくないと思われます。
60歳定年で再雇用がなければ、65歳の年金受給開始まで収入のない状態になります。経験を活かせてそこそこの収入を得られる仕事があれば問題ありませんが、もし適当な仕事なくて5年間収入がなければ、生活費として5年間で約1650万円の貯蓄の取崩しが必要になります。大企業だと平均2000万円の退職金が出ると言われていますが、もし5年間収入がなければ、そのほとんどを取り崩してしまうことになります。仕事がなく、貯蓄も十分でなければ、受取額が減少したとしても繰上げ受給を選択せざるを得ないのかもしれません。
以上のように公的年金の繰上げ受給・繰下げ受給について見てきましたが、制度なので、どのように受給するかで損得やメリット・デメリットが分かれてきます。長生きリスクに備えるなら繰下げ受給はメリットが大きいですが、個々人の状況によってベストな選択肢は変わってくるでしょう。
大切なことは皆さん一人一人の老後の生活設計に基づいて受給方法を考えていくことです。
例えば、元気に70歳まで働ける人は、働いている間はあえて年金を受給せずに繰下げ受給を選択した方がいいかもしれませんし、老後の蓄えがあまりなく健康面に不安があって60歳以降働くことが難しいのであれば繰上げ受給した方がいいかもしれません。また、老後資産の蓄えも十分あり、企業年金も出ていて生活に余裕がある方は、税金や社会保険料の負担や子供や孫への相続や生前贈与まで考えて公的年金をいつから受給するか戦略的に計画を立てた方がよいでしょう。
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(終わり)
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