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ありがとう便り

7月2日(月)

【気がつけば】

今年も早いものでもう半年が過ぎました。

週末、手帳の整理をしながら年初からの出来事を振り返ってみると、もう数ヶ月も経ったのかと思うこともあれば、まだ数ヶ月しか経っていないのかと思うこともあります。

毎日が忙しく充実していれば時が過ぎるのはあっという間に感じるもので、逆に充実していないと時間が経つのがすごく遅く感じるものです。人間の感覚というのは不思議なものです。

一生懸命仕事をしていると誰でも気がつかないうちに少しずつ成長しているものですが、普段はなかなかそのことに気がつくことができません。

私はときどき立ち止まって、半年前、一年前、二年前と比較して現状はどうであるか考えてみることにしています。そして、ペースはどうか、無理しすぎていないか、ベクトルはどうか、軌道修正する必要はないか、バランスはどうか、片寄っていないかと反省してみます。

現在の自分はまだまだ課題だらけですが、少なくとも半年前、一年前の自分よりは成長しているのではないかと思います。

今年後半も業務スケジュールが目白押しで油断しているとあっという間に過ぎてしまいそうですが、日々頑張っていきたいと思います。

7月3日(火)

【HONG KONG】

香港が英国から中国へ返還されて一昨日10年を迎えた。自分が香港に駐在していた頃はまだ英国の植民地であった。1990年代に入り、返還までの時間的余裕はまだまだ十分あるにも係わらず、返還後の不透明感により一般の香港人の間でも海外への移住が話題になり、一部の人は移住を始めた頃であった。移住先として一番人気があったのは「カナダ」だったと記憶している。

さて、返還されて10年、多くの香港人の懸念材料であった中国の香港への対応はいかがであっただろうか。当時の中国国家主席であった鄧小平氏は「1国2制度」、つまり香港の資本主義と中国の社会主義が併存する状態を50年間維持する事を明言しこれまで実行され、表面上では順調に行っている事を強調している。ここ数年中国は目覚しい経済発展を遂げている。香港が返還された事により資本主義経済の導入とそれに伴い市場の開放が刺激になった事は否めない事実であると考える。そう言えば当事大手商社でアパレル担当だった友人は経済特区の厦門(アモイ)や汕頭(スワトウ)へ月の大半は出張していた。香港に戻ってくるとたまに一緒に飲みに行って中国情勢等をいろいろ教えてもらったが、印象的だった事は“生きる事への執着”そして“貪欲”が溢れている話しであった。確かに香港の隣の深セン(シンセン)、マカオに隣接している珠海(ジュカイ)の経済特区にはゴルフ場があるためパスポートのページ数を領事館で増やして頂いた程頻繁に出入りしたが、中国沿岸各地域は経済的に恵まれている事もあり職を得るために内陸部から大勢の人々が雪崩込んだ街を目の当たりにした。すべての人が幸せになれたとは思わないが、中国人民の根底には我々と同じく“今日より明日の生活を良くしたい”という個々の小さな行動が大きな流れとなって経済発展に結びついた事は決して無視出来ない。

一方、“香港は香港人で統治する”いわゆる「港人治港」はいまだ認められず一種“民主化”に釘を打たれている状態で、ここに中国(北京)と香港で軋轢が生じている。一昨日もニュース番組で抗議活動やデモ行進が放映されていた。今後は時代の流れで中国本土の更なる発展と共に“民主化”が大きなテーマになって来ると思う。1989年6月に「天安門事件」が起きた。その翌日、香港は多くの犠牲者に対する哀悼、そして深い悲しみに包まれていたが、そんな中で「人民解放軍」が香港に進駐し“日本人を殺戮する”という物騒なデマが流れた。各社の駐在員に帰宅命令が出たがそんな訳ないだろう!と能天気な自分は“無問題”拉~(“モウマンタイ”)とか言いながら香港人の部下たちと業務を遂行していたが夕刻の帰宅時、日本人を見かけない街はほんの少し心細くバスでの帰宅は取り止めて的士(タクシー)に飛び乗った。式典で「人民解放軍」を閲兵する胡錦濤主席の映像から香港は北京によって完全に掌握されている暗黙の了解、何とも言えない威圧感そして不気味さをまざまざと見せ付けられた気がする。今後は台湾併合問題も控えているが無謀な事が起こる事無く何とか平和的解決を只管祈るだけである。

7月4日(水)

【雨の日にオススメ】

最近になってようやく雨が降るようになりました。雨が降ってくれないものかと願うようになったのも、ここ数年の環境の変化からでしょうか。雨が好きというわけではないですが、こうも降らない日が続くと雨が恋しくもなります。

ショパンのピアノ曲、前奏曲集の中に「雨だれ」という曲があります。この時期に聞くにはぴったりな曲です。「雨だれ」という題名はショパンがつけたものではないですが、伴奏に同じ音が途切れなく続いているところがポツポツと雨音のように聞こえることからという説があります。

三部形式のこの曲は、曇り空に雨が降る静かな風景を感じさせる美しい旋律の第一部、中間部では強く降りしきる雨にショパンの自分に迫る死の暗く、苦しい絶望感を重ね合わせたような激しさと哀しさを描いています。そして第三部に第一部と同じ旋律に戻りその静かさが一筋の希望を与えてくれているかのように曲が終わります。

憂鬱になりがちなこの時期に、心地よい暗さと明るさを与えてくれる作品です。

24の前奏曲 作品28 第15番 変二長調「雨だれ」
作曲 フレデリック・フランソワ・ショパン

7月5日(木)

【学び舎の応援歌】

今週の月曜日に代休を頂いた。やると決めていた用事も午前中のうちに全て済ませ、午後は普段から電話で連絡を取り合っている高校時代の恩師を訪ねた。

県の教育局を経て今年の4月から母校の教頭に就任したその先生とは、私が兄弟校のある英国へ交換留学生として派遣されたときに、教員派遣の職員として一緒に海を渡った仲。英国滞在中は、BSE問題真只中にローストビーフの食べ放題に行ったり、車で湖水地方に連れて行ってもらったりと大変お世話になった先生だ。高校、大学ともに私の大先輩ということも、二人の関係をより深くしている。

久しぶりの再会だったが、挨拶そこそこに、一般教員時代と教頭職の違いや、現役と私たちの時代との質の違いなど2時間も聞かされた。数学の補修で説教されていた当時を思い出す。「先生そろそろ仕事に戻りましょう」という一言でようやく開放されたが、お互いに教師と生徒という関係に戻れたことに嬉しさを隠せなかった。

授業中の廊下を一緒に歩き、20分ほどだったが数学の授業も見学させてもらった。教室の前後の黒板をびっしり使い、驚異的なスピードで進む母校の授業は健在。体育の授業の後とあって、競泳パンツのまま授業を受ける者や教師の解説に鋭い指摘を投げかける者など、当時と何も変わらない授業風景がそこにあった。「では、大先輩に一問解説をしてもらおう!」と今年の東大入試に出た微積分の問題解説を任される。分かるはずがない。「問題はさておき、卒業まで一年を切った今は、運動も勉強もとことんやって卒業して欲しい」と笑いをとりつつも後輩たちにエールを送り、第一応援歌を一緒に歌ってから教室を後にした。

卒業してから、母校の有難さを感じる」と多くの先輩は口を揃えて言うが、母校の存在が今を生きる私の活力となっていることは間違いない。

7月6日(金)

【宇宙人にして天才】

日経新聞をお読みの方はご存知と思いますが、朝刊裏面の「私の履歴書」に今回は長嶋茂雄さんが登場しています。題字の「私の履歴書」の文字は左手で書いた、と第一回に書かれていました。今は脳梗塞のリハビリの為に左手で写経をされているそうです。

若い方は、長嶋茂雄は知っていても現役のプレーを見たことがないのでピンと来ないかもしれませんが、ある一定以上の世代にとっては「長島茂雄」は極めて特別な存在です。最近は耳にしませんが、かつて「長嶋茂雄は宇宙人だ」という説がありました。どういう意味かは不明ですが「他の人とは絶対に違う」という意味の表現だと思います。現役時代のプレーも他の人とは違っていました。面白いのは「私の履歴書」の文章も、うまく言えませんが「長嶋茂雄的」でこの「履歴書」シリーズに出てくる「なんとか会社の会長」さんの文章などとは全然違います。中学や高校時代の野球の話を長島さんが書くとそれだけでプレーしている姿が頭に浮かぶような躍動感があります。「履歴書」の中で、長島さんは野球を始めた頃から「巨人に入って4番を打つ」と夢を定めていた、と書いていました。しかもそれを実現してしまう。そのための努力もさりながらやはり「長島茂雄は天才だ」と思います。

作家の山口瞳さんは長島のことを「こんなハンサムなスポーツマンは見たことがなかった」と書いていました。確かに今の時代と違って半世紀前は活躍するスポーツマンといえば「ごつい奴」ばかりで長島のようなイケメンスポーツマンはいませんでした。長島が登場することでそれまで野球に興味がなかった女性たちが野球を見始めたのです。

長島が巨人に入団して初めての試合で4打席4三振を喫してから日本のプロ野球の新しい歴史が始まったと思います。それから約50年、サイクル的にはそろそろ次の時代を動かす新しい選手が現れる頃かもしれません。例えば早稲田大学のS君とか楽天イーグルスのT君とか・・・

7月9日(月)

【今年のF1】

今年のF1が面白いことになっている。マクラーレン、フェラーリの2強対決、そしてそれぞれのドライバーであるアロンソ、ハミルトン、マッサ、ライコネンが四天王と呼ばれて選手権タイトルを争う展開になっている。中でもマクラーレンの新人ドライバー、ルイス・ハミルトンはF1ルーキーにもかかわらず現在ポイントランキングトップで、しかも開幕戦からの連続表彰台記録を更新中である。4名のドライバーの実力が伯仲してチャンピンを争う展開は最近のF1では見た事がないので、今後の展開が楽しみである。

昨シーズンで応援していたフェラーリのミハエル・シューマッハーが引退してF1に少し興味がなくなりかけていたが、また興味が湧いてきた。皇帝と呼ばれあらゆるタイトルと記録を総なめにしたミハエル・シューマッハーが引退したことによって、F1界は世代交代が進み、若い才能が台頭してきて新しい世代の戦いになっている。

まさにF1新時代が到来したという感じで今後の動向から目が離せない。

7月10日(火)

【憤り】

昨夜は帰宅と同時にテレビのスイッチを入れた。サッカーのアジア杯を見るためである。時間的に最後数分間は観戦出来るかと多少は期待していたが、映し出されたのは日本選手がうなだれてピッチを去る光景であった。いくら高温多湿といっても格下相手に3-1、悪くても2-1で日本の勝利を確信していただけに1-1でドローのスコアを見た時は目を疑った。インタビュアーの問い掛けに“キレ”たオシム監督の発言は不甲斐ない選手に対する“怒り”そのものであった。

オシムがあれほど“憤る”試合内容を“ニュースステーション”の中で見たが確かに「情けない・・・」の一言である。日本とは気候が違う環境の中で選手はそれなりに頑張っていた。しかし所詮そんなレベル、仮にも日の丸を胸に付けている選手が何故もっと“勝ち”に執着心を持たないのか不思議である。特に終了間際にFKから決められた場面、壁を敵に押し開けられている情けない光景につい“餓鬼のサッカーかヨ!!”と叫んでしまった。尤も敵情を把握出来ていなかったスタッフの落ち度が露呈した場面でもあったと思う。あのFKを決めるまでには相当の反復練習を行っている事とキッカーのシュート力が相俟って生まれるゴールである。ただでさえ終了間際の”危険な時間帯“、十分注意しなければならない瞬間であったはずである。我々のレベル(大学時代)でも同様の場面ではベンチから監督やコーチが大声で“壁に隙間を作るな!”と怒鳴られた。敵に押し開けられるなんて言語道断であるが、壁に隙間がある事を意外と当事者は気が付かない時がある。従って、いかに周囲の人間が声を掛け、注意を促す事が重要であるかを象徴していた瞬間であったと思う。

まあ昨夜は負けなくて良かった。これで選手の目が覚めてこの大会で3連覇を果たしてくれる事を大いに期待する。

それにしてもスポーツニュースまでに流れた最近の「事務所経費問題」や「年金問題」には本当に“憤り”を覚える。それを引きずって日本の情けないドローゲームで自分の“憤り”はピークに達し、家内にこれを何処にぶつければいいか聞いたところ、“風呂に入れば良い”と何ともスケジュール的な答えが返ってきて一気に治まってしまった“梅雨の蒸す夜”であった。

7月11日(水)

【美しい歌声】

フランス映画の「コーラス」という作品を観ました。両親のいない子や問題児が入れられる寄宿舎に一人の音楽教師がやってきて、心を閉ざしてしまった子ども達にコーラス団を組んで歌を教えていき、音楽を通して次第に先生と子どもたちの距離や周囲に変化があらわれ・・・という作品です。久しぶりに心温まる映画を観ました。

この作品に出ている子ども達の歌が印象的でした。ボーイソプラノの澄んだ歌声。その透き通ったやさしい声が心に響き、よく天使の歌声と言われていますが、まさにその通りだと感じました。

またソロを歌う少年がすごい。リヨンにある「サン・マルク少年少女合唱団」という合唱団に所属しているソリストの子が出演していたそうです。成長と共にやがて失っていくはかなさを持つ少年の歌声は、聴いただけで涙が出そうなくらい美しいです。

あまりコーラスを聴く機会がなかったのですが、この作品をきっかけに興味が湧いてきました。

7月12日(木)

【一生涯のお付き合い】

4年前の話になるが、一時停止の標識を無視した乗用車に跳ねられた。自転車ごとフロントガラスに叩き付けられ、そのまま頭から地面へ落下。幸いヘルメットが頭部を守り、大事には至らなかった。「奇跡的に」骨折などの外傷は無く、リハビリを含め10日間の入院で日常生活に戻ることができたが、それからが辛い。

梅雨の時期になると首の痛みと激しい目眩に悩まされる。中心性脊髄損傷と診断を受けたその症状は、季節の変わり目の度に事故を思い出させる。今日どんなに天気が良くても明日に雨が予想される場合には、夕方の天気予報よりも早く私の正確な「予報」が出るため、洗濯機をまわす妻には重宝がられている。

「交通事故にはくれぐれも注意をしろよ」という教師の役目も果たしてくれるこの後遺症とは一生涯の付き合いになりそうだが、様々な力によって生かされているこの命を大事にして行きたい。

7月13日(金)

【お盆の入り】

昨日の日経新聞の夕刊を眺めていたら、「“4本足歩行”ブームの兆し」と題してスキーのストックを持って行うノルディックウォーキングの記事が出ていました。それで有名なスフィンクスの謎々を思い出したのですが、ご存知ですか?

エジプトのスフィンクスが、通りかかる旅人に「朝は4本足、昼は2本足、夕は3本足の動物は何だ?」と謎々を出し、答えられないと食い殺していた。ところがオイディプスに「それは人間だ(赤ん坊の時は這い這い、大人になって直立歩行、歳を取ると杖を就くので3本足)」と正解を出されて崖から身を投げたという話です。

謎々の問いのように、朝、昼、晩、はい人間の一生お仕舞い、と、こうやって表現すれば人の人生もいとも簡単にまとめられてしまいます。しかし、自分も周りで亡くなる方が増えてくる年代になりましたので、人が亡くなられた時の悲しみを経験する度に、長いようであっという間の人生についての感慨も深くなります。

今年は小学校以来の親友の1人を失くしました。今日はお盆の入りですが、彼の新盆ですので我が家のお迎え火にも立ち寄ってもらいたいと思っています。今日は用事があって出来ませんので明日お迎え火を焚く予定です。東京の天気予報は雨ですので雨の中で煙を流すことになりそうです。

7月17日(火)

【自然の脅威】

この週末は、自然の脅威を思い知らされた3連休であった。

折角の3連休なのに台風が接近していて天気は最悪、どこかに外出する気もなくなり家に閉じこもっていた。日本列島各地に大きな被害を及ぼした台風が日曜日には過ぎ去りほっとしていたら、昨日の新潟県中越沖地震である。

私自身は直接的な被害を受けていないせいもあり、テレビ中継を通して被災地の様子を見ても、日本国内で現実に起こっていることだという実感があまり湧かなかった。まるで他人事のように感じてしまっている自分が少し嫌になった。

ここ数年、異常気象等による災害の報道を見る機会が増えてきたせいもあって、自分でも気づかないうちに慣れてしまっていたのかもしれない。

いずれにしろ今回の災害によって、自然の脅威の前では人間がいかに無力であるかを改めて思い知らされた。

“もし、今回の地震が首都圏で起こっていたらどうなっていたか” 怖くて想像もできない。

7月18日(水)

【進取そして還元】

お客様からメールをいただいた。内容は「道民の気質」についてであった。おそらく、28日に「ありがとう会」を札幌で開催するにあたり、講師役(自分)に対して“気負う事ないから・・・”という意味合いを込めた思いやり溢れるありがたい内容であった。(感謝!)

そのメールの中で特にメイフラワー号でアメリカに移住した“清教徒”と北海道の“開拓に携わった人々”の性格を重ねて「(道民が)“進取の気概”に富んでいる」という件に引かれた。

これまで慣れ親しんで来た土地や風習を振り捨てて従来とは違った環境を自ら進んで取り入れようとする「進取」の源泉は何だったのであろうか?特に現在の欧米先進諸国についてはプロテスタンティズムによる「宗教的経済観」が作り上げたと言われている。この宗教的経済観の主体は勿論“神”である。人々を見守って下さる神に“還元”する事を最終目的として人々は「一生懸命働き、財を蓄えそして還元する」という確固たる慣習が過去から脈々と受け継がれている。よって良く耳にする“ロックフェラー”や“カーネギー”等に代表される多くの財団が文化事業をはじめいろいろな活動や研究に蓄えた財産を惜しみなく還元(寄付)出来るのである。

翻って我が国日本はどうであるか?少なくても勤労(勤勉)と蓄財に関しては先進諸国と肩を並べている、或いはそれ以上の水準かも知れない。しかし、“還元”に関しては残念ながら希薄であるように感じるが、だから“ダメ!”という話しではなく、まして文化や風習は一朝一夕で簡単に出来るものではない。かと言って“還元”する文化や慣習が無いから良い!という事でも無いと思う。ではどうしたら良いか?弱肉強食の原理と言われる“アングロサクソン的市場原理”にいかに東洋的思考を加味させて我々に即したものに築きあげ実践していくか、もしかしたらプロテスタントを見習って日本では仏教的な面から何かヒントがあるかも知れない。これから機会を見付けて「ありがとう会」などを通じてお客様と一緒に考えて行きたい課題でもある。

ところで、今日の当便りの題材を提供していただいたお礼に何か?と問い合わせたところ、“(ファンドの純資産総額が)250億円突破したら、信託報酬は下がるんでしたよね?(お客様への“還元”) と返って来た。もちろん有言実行あるのみ。むしろ自分としては料率をもっと下げる努力をして行く所存です。どうかご心配なくMさん。

7月19日(木)

【特別な場所】

「早くしないと山車が行っちゃうよ」幼い頃、姉は地元のお祭りが始まるといつもはしゃいで私をつれて町中を走り回っていました。地元のお祭りは3日間開催され、私達はお祭りの中心地に住む祖父母の家を拠点にして、毎日遅くまで出かけていました。

祖父母の家は家族がつれてくる友人やお祭りの人が集まり、にぎやかでした。たくさんの山車が家の前を通り、たくさんの人が集まる家はその時だけは特別な場所になっていました。

6年ほど前に祖父母が他界してから、その家は静かになりました。お祭りが始まっても誰も行こうとしなくなりました。それからいつだったか一度だけ姉を誘ってお祭りに行ったことがありました。相変わらずはしゃいでいた姉と一緒に久しぶりのお祭りを楽しんでいましたが、山車が通り過ぎた後、横にいた姉が「山車が行っちゃう…」とつぶやきながら顔を真っ赤にして泣いていました。

明日から始まるお祭りから、そんなことをふと思い出しました。

現在祖父母の家には、いとこ夫婦が住んでいて今年その家に赤ちゃんが生まれ、明るさが戻ってきました。今年のお祭りからまた人が集まり、新しい特別な場所になります。

7月20日(金)

【夏祭り】

先日、神社で行われた町内会の夏祭りに参加した。田舎の小さな神社だが、地元の人たちは境内に入らなくても神社の前を通る際には足を止め、鳥居の前で一礼をする。昔から地域住民に親しまれてきた神社だ。

この地区に転居してきて2年が経つが、私も初めて神輿の担ぎ手として参加させてもらった。町内会の清掃などで顔を合わせていた事もあり、集まった地域の方とはすっかり顔なじみだが、お祭りとなると皆の目の色が違う。いつもは元気の無かったお年寄りが、人が違ったように溌剌と神輿を誘導する姿は、この神社の存在が地元民にとって大きな心の拠り所になっていることを感じさせる。

祭りの最後はお決まりの酒盛り。奥様方が腕を振るう郷土料理が所狭しと並べられ、御神輿を囲み地元の歴史やサッカーの話で盛り上がった。我が子はお酒好きの愉快なお爺さんに惚れたらしく帰る時間になっても離れようとしなかった。なんと、オムツまで替えてもらっていた。

ご近所づきあいが希薄になりつつある昨今だが、同じ地域に住む者同士、挨拶を交わし仲良くやって行きたいというのが多くの住人の本音であろう。何かあったときに力になってもらえるよう、そして微力ながらお役に立てるよう地域の行事には積極的に参加し、世代を越えた交流を大切にしたい。

7月23日(月)

【日本の人口は増えている】

アメリカでは高齢になって引退すると、気候の温暖な州に引っ越す人が多いそうです。なかでもフロリダ州は高齢者が集まることで知られていますが、先日聞いた話では日本はそのフロリダと高齢者の比率が同じだそうです。

日本の将来像を描く時によくあるパターンは、「人口が高齢化し子供が少なくなって人口減少社会になる・・・だから日本は衰退する・・・」と続くのですが、実は日本の人口は増加しています。

そんなバカな!

でもこれは「ペットを人口に含めれば」という条件付の話です。(全国犬猫飼育率調査によると、2005年のペット数の合計は、2500万匹で、これは2004年度の15歳未満の人口を大きく上回るそうです)

ほとんど手の掛からないペットもいるでしょうが、ペットとして最も一般的な犬や猫を考えると、彼らは食事もするし病気にもなります。教育費や衣服代は掛からないかもしれませんが、結構出費が必要になります。たまには立派な服を着た犬に出会うこともあります。

経済的に考えれば、誰かの出費は誰かの収入になります。こうした「ペット人口」が経済活動に寄与する部分もあるのです。

7月24日(火)

【北広島市】

先日、社長から私の実家がある“北広島市”がテレビ番組で紹介されていたという話を聞いて少し驚いた。

“北広島市”と聞くと大抵の方は広島県にあると考えるだろうが、実は北海道札幌市の隣の市である。北海道に仕事や観光などで訪れたことがある方は、千歳空港からJRで札幌へ向う途中に駅があるので名前だけでも聞いたことがある方もいるのではないだろうか。ありがとう投信入社後に聞いた話だが、部長は採用面接のとき履歴書を見て私を広島県出身の人だと思ったそうである。

紛らわしい地名であるため、初対面の人に自己紹介するときに「出身はどちらですか?」と聞かれると説明するのが大変である。私と同じように上京してこちらで働いている地元の友人に出身地をどのように説明しているか以前聞いてみたところ、“札幌出身である”と答えていると言っていた。私も真似してみようと思ったが相手を騙しているようなので、説明が面倒でも正直に話すことにしている。いくら札幌市のベッドタウンで生活圏は札幌であるといっても、札幌市と比べれば田舎であることに変わりはなく札幌出身と言うには心理的な抵抗を感じる。

ところで、“なぜ北海道なのに北広島市なのか?”ここまで読んでそう疑問に思っている方も多いのではないだろうか。

当初この地域に移住した人が広島県出身の方々であったことが地名の由来になったそうである。初めは広島村であったが、その後人口が増加して広島町になり、1996年9月1日に市制が施行されたが、その際、広島県広島市との混同をさけるために「北広島市」になったのである。生まれ育った場所なので上京するまではあたりまえだと思っていたが、生活の基盤がこちらになって客観的に考えてみると北海道北広島市というのはすごく違和感がある。おそらく初めて聞いた方のほとんどがそう感じているのではないだろうか。(社内では私がよくしゃべるためか最近は市民権を得てきている) 

さて、そんな北広島市ではあるが、冒頭のテレビ番組でも紹介されていたそうだが、実はあまり知られていない重要な場所が市内にはある。

一つは、寒地稲作発祥の地であること。もう一つは、クラーク博士が「青年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious!)」の言葉を残した場所であることである。市内にある旧島松駅逓所(国指定史跡)には、クラーク博士記念碑・寒地稲作発祥の地碑が建てられていて、小学生の頃、社会見学で訪れたりしたものである。

クラーク博士(ウィリアム・スミス・クラーク)といえば、北海道大学の前身である札幌農学校の初代教頭であり、学生達に残した「青年よ、大志を抱け (Boys, be ambitious!) 」という言葉は特に有名である。札幌の羊が丘展望台にある「丘の上のクラーク」像は有名で観光スポットにもなっており、この場所でクラーク博士が“Boys, be ambitious! ”と言ったと思っている方も少なくないのではないだろうか。(実際に会社で聞いてみたら皆そう思っていたと言っていた)

この辺の知名度の違いは観光協会のアピール方法や旅行代理店の旅行ガイドやツアーコースに入っているか否かの違いなどが大きく影響しているのではないかと思う。

折角良いアピールポイントがあるので北広島市にはもう少し観光事業に力を入れてもらい知名度向上につなげてほしいところである。そうすれば出身地を話すときの私の悩みも少しは解消されるかもしれない。

7月25日(水)

【明々後日、札幌で…】

今週末の土曜日(28日)、昨日紹介された「北広島市」に隣接する“札幌”にて「ありがとう会」を開催致します。

設立から早三年と四ヵ月が経過し基盤が出来つつある弊社において、当時、運用会社設立を決断された発起人5名の“想い”をそろそろ具現して行く事を目的に行動を開始します。

その“想い”とは・・・弊社は“お客様の「ライフ・ステージ」レベルでのお付き合い”を実現する事です。

「ありがとうファンド」による資産運用はもちろん、設立発起人の各会計事務所と弊社がタイアップする事により、弊社のお客様には“税務関係”はじめ“相続や年金”或いは“生命保険”に至るまでおカネに纏わるあらゆる不安を払拭していただくためのご質問やご相談、実務など、個人事業主のみならず一般の個人家計において日々の生活を営む上で必ずどこかの場面で遭遇する案件に対し、専門家を通していろいろなサービスをご提供させていただきたいと考えます。

では、具体的に何を行うのか・・・あれこれ考える前にとにかくスタートしようと今回の「ありがとう会」を計画致しました。この新しいプロジェクトの試金石となる明々後日の「第14回ありがとう会」には、むらずみ経営より会長(弊社会長、設立発起人代表)はじめ税理士、社労士の先生方をお迎えし、ご参加いただくお客様とそこに暗中模索している自分も加わり、ご一緒に明るく、楽しく、有意義なひと時にしたいと考えています。どうか宜しくお願い申し上げます。

7月26日(木)

【早く行きたい】

7月21日から東京都現代美術館で「ジブリの絵職人男鹿和雄展」が開催されています。私も早く観に行きたいと思っていますが、今は夏休みシーズンですから、おそらく混雑しているでしょう…。

ジブリの作品は想像力豊なストーリーと音楽、映し出される美しい背景画がうまく絡み合い一つの芸術作品となっています。その中の一つの背景画にスポットをあてた展覧会です。

男鹿和雄氏は数々のジブリ作品の舞台となる背景画を手がけてきた人です。自然を細部まで観察して自然と向き合っているからこそ、本当の自然の色を引き出すことができて、より現実的な表現ができる。昔の作品を見ても今でも色あせることないのはそこから来ているのだと思います。

背景画だけを見てもそこから何か始る気がする、色んな想像をしながら楽しめる展覧会を期待しています。

早く行きたいと思うのですが、やっぱり今は混んでいるでしょうね…。

7月27日(金)

【蚊に好かれる】

ちょっと前の冷夏を予感させる天候はどこへやら。この1週間は水分補給が欠かせない蒸暑い日が続いている。最近は我が家も夜は窓を開けて寝ているが、暑くなってくると決まって厄介なのが蚊の存在。そしてなぜか私だけが標的になる。

蚊は空気中の炭酸ガス濃度の違いを感知して人の近くにやってくるそうだ。次に体温や皮膚のにおい(アミノ酸臭)を察知し皮膚にとまる。このため、新陳代謝の活発な子供や、アルコールを飲んで体温が高くなった人、汗をかいている人などは蚊に刺されやすい。

待てよ。隣では6ヶ月の子どもが寝ている。でも、刺された形跡は無い。ということは、私は6ヶ月の子ども以上に新陳代謝が活発ということか。または寝る前に行うストレッチで体温が高くなっているのが原因だろうか。

何れにしても睡眠時間を邪魔されるのは困る。早速、電気式の「香取線香」なるものを購入し、蚊との対決が始まった。

7月30日(月)

【3年前の今頃】

さて、今日のありがとう便りは何の話にしようか?弊社の社員がいつも悩んでいることです。今日は私の悩む番。週末には参議院議員選挙があったし、土用の丑の日という話題もある・・・

しかしもう一つ、3年前のこの時期は弊社が投信業務の認可を貰った直後で、みんなで「ありがとうファンド」の設定の為に暑い夏の日に更に熱い汗を流していた、という話題もあるのです。(その頃のありがとう便りは毎日更新ではなかったのでその辺は報告されていません)

7月20日に認可をいただいてすぐに関東財務局にファンドの届出をしました。それからファンドの募集・設定に向けて全員がフル回転していました。書類の印刷も。印刷所がお盆の休みに掛かってしまうので、果たして間に合うのか?という状態でした。認可をいただくまでは何も出来ませんので熱い夏をただただ耐えていましたが、認可後は暑さも気にならないくらいの忙しさでした。先週末は有名な隅田川の花火大会でしたが、その会場の近くのビール会社の一室を借りて会社のお披露目をしたのが8月2日でした。テレビで隅田川の花火大会を放送していたのを見ていて、気がついたらこんな記憶が次々と湧いてきました。あれからもう3年、あっという間でしたがあの時にはまだファンドが出来ていなくて、当然お客様はゼロ。それが今はもうすぐ4,500人の仲間を迎えることになります。そう考えるとこの3年間に「感謝!!」という気持ちで一杯です。

7月31日(火)

【夏風邪】

先週末から風邪を引いてしまった。原因はたぶん暑さのためクーラーをつけっぱなしにして寝ていたせいだろう。咳と鼻水がひどかったが今日は昨日より良くなった。

振り返ってみると社会人になって上京してからというもの夏に体調を崩すことが多いように思う。社会人2年目の夏には風邪をこじらせて肺炎になり10日間くらい入院もした。

単なる夏バテと言えなくもないが実家で暮らしていた頃はそんなことは全然なかった。偏った食生活、クーラーと蒸し暑い気候に未だに慣れていないこと、温度調節が下手なこと、睡眠不足等‥、原因を考えても切りがない。

“どうすれば夏の暑さを克服し体調管理をしっかりできるか?” 答えは明白なのであとは実践するだけである。

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